幼稚園でおもらし。先生は私と手をつないで母に話してくれた。

私が通った幼稚園は地域では一番古い幼稚園でした。こんなバイリンガルスクールでは神戸のどこかで古い幼稚園だから、トイレがとにかく古くて、私は苦手でした。だから、いつもおトイレを我慢していました。それが、まだ寒い日、体育館のようなところで何かの発表会の練習をした時、我慢の限界で、何かの拍子にちょっと出たら止まらなくなって盛大におもらししました。びっくりして放心状態の私は、職員室に連れて行かれました。そして、パンツの交換をしました。パンツの交換をしたところで、母に怒られると思い涙が止まらなくました。先生はどうにかして私の気持ちをそらそうとしますが、私は帰った後の事を思い、その日はその後、ずっと思い出しては泣くを繰り返していました。先生はいらいらしたと思います。それで、お迎えの時、先生は私と手をつなぎ一緒に迎えに来た母のところに行きました。そして、他のお母さんたちがいる前で、すみません、おトイレしたかったみたいなのに、私、見逃しちゃって、○○ちゃん(私)、お母さんに怒られるってずっと泣いていました、反省しているので怒らないでくださいと、いつもの先生とは違う感じで随分はっきりと言われました。実のところ、母は苦情をよく言う人でした。貴方の子供も皆に迷惑かけていますと言いたかったんだと思います。とはいえ、そのおかげでその日、私は母から叩かれずに済みました。翌日、母は先生から確認があって、また私が泣いたらと思ったんだと思います。先生、てこずらせてごめんなさい。そして、ありがとうございました。もうあれからうん十年経っていますが、幼稚園時代の忘れられない思い出の一つです。

子供目線で考えてくれる先生

年少のときに子供の担任だった先生は、とにかく子供目線で考えてくれる先生でした。多くのエレメンタリースクールの中で神戸ではとほんの些細なことでも、その子が初めてできたことならオーバーなくらいに褒めてくれました。うちの子はなかなか靴下を一人で履けなかったのですが(他の子は履けていました)、いつも頑張れ頑張れと応援してくれて、履けたときには、子供をギューと抱きしめてくれて且つハイタッチもして喜んでくれました。この奈良の大和高田でも保育士を求めるにはここの子供が引き続き頑張れるように、いつも声掛けをしてくれました。子供は相当嬉しかったらしく、あれから3年経ちますが、靴下を履くときに今でも、昔〇〇先生が褒めてくれたよね、と話してくれます。そんな先生は、常に子供と全力で向き合ってくれたので、とにかく子供からも大人気でしたし、保護者からも大人気でした。というのも、子供の行動を常によく見ていてくれたので、話題の保育園を奈良で見つけようとするとお迎えのときに必ずその日にあったことを、どんな小さなことも、必ず話してくれました。年少という年齢では、うまくその日にあったことを説明できないため、先生の報告が親としてとても嬉しかったし、毎日の励みにもなりました。しかも、たとえ、子供が先生を困らすようなことをしていたとしても、決して保護者には悪くは言わず、保護者がプラスに捉えるような報告をしてくれました。だから、保護者はみんな先生と話すことが大好きでした。我が子も今は小学生です。あのとき、素敵な先生に出会えたことに感謝します。

保育園で先生との特別な時間

私は保育園の時にお昼寝ができない子でした。この神戸でインターナショナルスクールとなると2年通いましたが、最初から寝れなくてしょうがないのでゴロゴロしていました。遊べるわけでもないので退屈だし、時間はぜんぜん進まなくて時には悲しくなったりしてだいたいメソメソ泣いて過ごしました。みかねた先生が「みんなが寝てるから静かにしてなくちゃいけないけど、先生のお手伝いする?」と声をかけてくれました。口コミで奈良の保育園を抑えるというのはとてもそれからお昼寝時間は先生の横でお手伝いをすることになりました。先生がスタンプを押してメッセージを書いた連絡帳を揃えてカゴに入れたり、シールを人数分数えて準備したり、そんなに役立っていたわけではないと思いますが、神戸ではインターナショナルスクールを巡るには先生に「今日もありがとう」と言われることがすごく嬉しくて、お昼寝の時間が特別の時間に変わりました!お昼寝時間にできるお仕事ごっこは先生を独占できるし、みんなが寝てる間にみんなのための準備ができるという優越感もあったと思います。口コミで奈良なら大和高田の保育園がここでたまには数日後にするであろう工作の準備やお遊戯の衣装の準備があり、それこそ横で見てるだけでワクワクするものでした!調子に乗って口出ししたりもしてたかもしれませんが、怒られたりすることなく一員として扱ってくれるような本当に優しい先生でした。今でも忘れられない特別な時間です。

世界が開けたような卒園メッセージ

私が幼稚園の頃といえばもはや30年以上前の話になりますが、卒園時の嬉しいエピソードがありました。口コミで奈良なら大和高田の保育園の中で私はいわゆる大人しく目立たない子でした。泣いたり騒いだりすることもなく、何をするにしてもそこそこできて、先生にとっては手のかからない子だったと思います。1学年3クラス、1クラス30人程度と幼稚園にしてはかなりのマンモス園で、そんなバイリンガルスクールでは神戸のここがそのなかでの生活はへたをすると先生とは1言も言葉をかわさない日もあるくらいでした。幼稚園なのでなかには泣いたり暴れたり、喧嘩して怪我したりすることが日常茶飯事の中で先生は目の回る日々だったと思います。私も幼稚園児なので、先生と話ができると嬉しい!という感覚があったのですが、自己アピールできない子だったのであきらめの境地でもありました。あの話題では奈良の保育園が一番といえるそんなこんなで卒園を迎え、卒園式も慌ただしく過ぎて、最後に先生が1人1人にメッセージカードを渡してくれました。そのカードには「あまりおはなしできなくてごめんね。でもせんせいはこまっているおともだちをそっとたすけたり、おともだちのしっぱいをわらったりしない〇ちゃんをみていました。とてもすてきなことです。どうしても神戸ではインターナショナルスクールといえるやさしい〇ちゃんのままおおきくなってね。だいすきです」と書いてあり、ぱっと世界が開けたかのような嬉しくて温かい気持ちになりました。その後小学校に進んでもやはり私の性質は変わらず通知表には「積極性がない」などと書かれていましたが、そんなときには幼稚園の先生のカードを思い出し、見てくれている人は見てくれているし、私は私で良いんだと自己肯定できてきた気がします。