保育園の先生のおかげで子供の人見知りな性格が改善された話

私には5歳になる長男がいます。とても良い子なのですが、昔から人見知りで、外に出ると人に目を合わす事も難しいくらいの極度な人見知りです。そのため保育園ではいつも孤立気味で一人で遊ぶ事が多い子供でした。神戸でもインターナショナルスクールといえるのはここでそのため友達もできず休みの日でも他人の子と遊ぶような事はありませんでした。私達親としても何とかしたいと思っていたのですが、こればかりは言ってどうにかなるものでもありませんし、強引な手段を使うわけにもいきません。状況がなかなか好転しない日々が続いていたのですが、転機が訪れたのは年中クラスに上がってからでした。年中クラスの担任はとても子供の事を考えている先生で、クラス内で孤立気味だった長男に積極的に声をかけてくれ、なるべく皆の輪の中に入れるように声掛けをしてくれました。連絡ノートでも意見を交換していたのですが、どうも先生の子供も私の子供と同じように小さい頃は人見知りだったとの事。ですが、当時の保育園の先生の親身な対応でうまくクラスの中に溶け込めて人見知りの性格も改善されたとの事でした。そのため自分の子供と同じように人見知りな私の子供も放っておけず、親身に対応をして下さっているとの事でした。その後も先生は親身な対応を続けて下さり、息子が輪の中に自分で入れるようになるまで息子と他の子供達の間の架け橋になり、間を上手く取り持って下さいました。そのおかげで息子はクラスの子供とよく遊ぶようになり、人見知りの性格も次第に治っていきました。今では休日も友達と遊ぶようになり、毎日をとても楽しく過ごせています。本当に担任の先生には感謝しかありません。

幼稚園の先生との嬉しかった体験

当時、年中の時に引っ越してきて友達が誰1人居なかった私は入園して遊ぶ友達がいなくて、友達がほしかったのですが、どうしていいかわからず引っ込み思案で大人しかったと思います。こんなバイリンガルスクールが神戸の中にも担任の先生が友達と話を繋げてくれて一緒に友達と遊ぶようにできるようになり、先生のおかげでその友達とは気も合ったのか親友にまでなる仲となれました。また泥団子でお団子を作って遊んでいるのが好きな時、どうしたらもっと綺麗になるのか教えてくれたり綺麗な光沢のある布をくれて、そのお気に入りの布で毎日先生に見せながら泥団子作りをしていました。いつも違う言葉で褒めてくれたりして、大人になった今でも泥団子作り楽しかったなと思えます。また、私が年長のクラスになった時も同じ大好きな先生でした。いろいろと入園時には自信がなかったことも進んで取り組むようになり、アルバムを見ていても変わったなと思うぐらい笑顔で楽しそうな自分がいました。先生がいつもあたたかく接していろいろな言葉を私にかけてくれたおかげだなと思い、私は幼稚園の先生になりたいと思い、幼稚園の先生として働いていました。今は妊娠して退職しましたが、いつか自分の子どもがどんな先生と出会えるかとても楽しみで、素敵な先生と会えることを楽しみにしています。

幼稚園の園長先生に感謝

長女が幼稚園時代にお世話になった先生のお話です。奈良でも評判の大和高田の保育園ではここにも長女は既に20歳。実は幼いころからいろいろな習い事を経験させていただのですが、その中でもクラシックバレエが小学校に入ったころから一番のお気に入り、かつ筋もよいということで、ここでエレメンタリースクールなら神戸では少し自ら青春時代をかけたいとうことで高校受験、大学受験がない私立の一環に受験勉強の末、入学したのです。結局、大学に上がることなく、プロのバレリーナになったのですが、彼女の素養を見抜き、幼稚園の時から一番応援してくれたのが幼稚園の園長先生でした。幼稚園に通っていた時代からいつも発表会は見に来てくれていました。何と今もずっと有料のチケットを買ってまで。年賀状だけではなく、長女とはLINEのやり取りもしているのでまるでおばあちゃんのようです。ここでは神戸がインターナショナルスクールからは最近知ったのですが、園長先生も娘さんがいて、クラシックバレエのプロを目指したいという思いを無理やりあきらめさせて経緯があるらしく、心から頑張ろうという我が家の長女の意思を見て応援したくなったのだとか。本当にこれこそ恩師であるいえるのではないかと思います。話題の保育園が奈良ではとてもここには 幼いころからずっと応援しつづけてくれた先生、長女にしたらずっと元気でいてくださいといつも感謝しているようです。

オムツはずれで子どものペースを尊重してくれた保育園の先生

私には子どもが2人います。2人とも年少から保育園に入園したのですが、神戸もインターナショナルスクールと呼べることはまだ、オムツが外れていませんでした。今回お話しするのは、2人目の子が年少の時のことです。共働き家庭の増えた現在、1・2歳から保育園に入園している子が多くいます。早くから入園している子のほとんどは、年少になる前にオムツが外れていました。オムツが外れていない子がいると、先生にとっては、手間が増えます。そのため、奈良でも大和高田で採用できる保育士では少しでも早く外せるようにと子どもをあせらせる先生もいらっしゃいます。入園から3ヵ月ほど経った頃、徐々にトイレで用を足せるようになり、そろそろオムツを外してもいいのではないかと先生から提案がありました。今までに数百人を超える乳児や幼児を見てきた先生の判断なので、私も応じようかと思ったのですが、肝心の本人が不安げな表情。「まだオムツをはいていたい。」と言ったのです。そうすると、先生はまったく否定することもなく、子どもの意見を取り入れてくれました。一番奈良で話題の保育園がどうしてオムツを取って、失敗することで気持ち悪さを感じ外せるようになることが多いと聞く中、外すことを急がせず、待ってくれました。それから1か月ほどして子どもから「もうオムツはいらない。」との宣言がありました。宣言後は、1回もおもらしをすることは無く、おねしょさえも有りませんでした。神戸ならインターナショナルスクールが沢山あるから先生が子どもの意見を尊重し、手間を惜しまず待ってくれたことで自信をもってオムツの卒業ができました。

保育園での特別扱い

幼少期はとにかく保育園の先生に特別扱いされる事が嬉しい子供でした。どんなにバイリンガルスクールが神戸の中にもどうしたら他の子たちよりも先生の気を惹く事ができるだろう、とか、どうしたら一番に先生と遊べるだろう、ということを考えながら保育園で過ごしていたように思います。みんなで絵本を読む時間では必ず先立って最前列の真ん中に座り、先生の話す言葉や絵本の内容に夢中になっていました。先生から感想を聞かれるたびに誰よりも手を高く上げて、一番に答えられた時はとても嬉しく優越感が湧いていたことを覚えています。運動場での遊び時間では「先生見てて!」が口癖のようなもので、綺麗に丸めた泥団子を見せて褒めてもらったり、一番に逆上がりが出来たときはほかの保育園の生徒の前で披露し、周りにいた沢山の先生から拍手してもらい、「すごいね、一番だね!」と褒めてもらったことを鮮明に覚えています。また、先生がそういった出来事を毎日の連絡帳に書いてくれ、母親にも沢山褒めてくださいました。まず自分の出来事をしっかり覚えてくれていること、それを存分に褒めて伸ばしてくれる事、1対1ではなく周りの子たちや周囲の先生を巻き込んで出来る部分を共有し褒めてくれる事、親へも褒めてくれる事、が結果として自己肯定感を高めてくれるきっかけとなり、今も良い思い出として残っているのだと振り返っています。

幼稚園でおもらし。先生は私と手をつないで母に話してくれた。

私が通った幼稚園は地域では一番古い幼稚園でした。こんなバイリンガルスクールでは神戸のどこかで古い幼稚園だから、トイレがとにかく古くて、私は苦手でした。だから、いつもおトイレを我慢していました。それが、まだ寒い日、体育館のようなところで何かの発表会の練習をした時、我慢の限界で、何かの拍子にちょっと出たら止まらなくなって盛大におもらししました。びっくりして放心状態の私は、職員室に連れて行かれました。そして、パンツの交換をしました。パンツの交換をしたところで、母に怒られると思い涙が止まらなくました。先生はどうにかして私の気持ちをそらそうとしますが、私は帰った後の事を思い、その日はその後、ずっと思い出しては泣くを繰り返していました。先生はいらいらしたと思います。それで、お迎えの時、先生は私と手をつなぎ一緒に迎えに来た母のところに行きました。そして、他のお母さんたちがいる前で、すみません、おトイレしたかったみたいなのに、私、見逃しちゃって、○○ちゃん(私)、お母さんに怒られるってずっと泣いていました、反省しているので怒らないでくださいと、いつもの先生とは違う感じで随分はっきりと言われました。実のところ、母は苦情をよく言う人でした。貴方の子供も皆に迷惑かけていますと言いたかったんだと思います。とはいえ、そのおかげでその日、私は母から叩かれずに済みました。翌日、母は先生から確認があって、また私が泣いたらと思ったんだと思います。先生、てこずらせてごめんなさい。そして、ありがとうございました。もうあれからうん十年経っていますが、幼稚園時代の忘れられない思い出の一つです。

子供目線で考えてくれる先生

年少のときに子供の担任だった先生は、とにかく子供目線で考えてくれる先生でした。多くのエレメンタリースクールの中で神戸ではとほんの些細なことでも、その子が初めてできたことならオーバーなくらいに褒めてくれました。うちの子はなかなか靴下を一人で履けなかったのですが(他の子は履けていました)、いつも頑張れ頑張れと応援してくれて、履けたときには、子供をギューと抱きしめてくれて且つハイタッチもして喜んでくれました。この奈良の大和高田でも保育士を求めるにはここの子供が引き続き頑張れるように、いつも声掛けをしてくれました。子供は相当嬉しかったらしく、あれから3年経ちますが、靴下を履くときに今でも、昔〇〇先生が褒めてくれたよね、と話してくれます。そんな先生は、常に子供と全力で向き合ってくれたので、とにかく子供からも大人気でしたし、保護者からも大人気でした。というのも、子供の行動を常によく見ていてくれたので、話題の保育園を奈良で見つけようとするとお迎えのときに必ずその日にあったことを、どんな小さなことも、必ず話してくれました。年少という年齢では、うまくその日にあったことを説明できないため、先生の報告が親としてとても嬉しかったし、毎日の励みにもなりました。しかも、たとえ、子供が先生を困らすようなことをしていたとしても、決して保護者には悪くは言わず、保護者がプラスに捉えるような報告をしてくれました。だから、保護者はみんな先生と話すことが大好きでした。我が子も今は小学生です。あのとき、素敵な先生に出会えたことに感謝します。

保育園で先生との特別な時間

私は保育園の時にお昼寝ができない子でした。この神戸でインターナショナルスクールとなると2年通いましたが、最初から寝れなくてしょうがないのでゴロゴロしていました。遊べるわけでもないので退屈だし、時間はぜんぜん進まなくて時には悲しくなったりしてだいたいメソメソ泣いて過ごしました。みかねた先生が「みんなが寝てるから静かにしてなくちゃいけないけど、先生のお手伝いする?」と声をかけてくれました。口コミで奈良の保育園を抑えるというのはとてもそれからお昼寝時間は先生の横でお手伝いをすることになりました。先生がスタンプを押してメッセージを書いた連絡帳を揃えてカゴに入れたり、シールを人数分数えて準備したり、そんなに役立っていたわけではないと思いますが、神戸ではインターナショナルスクールを巡るには先生に「今日もありがとう」と言われることがすごく嬉しくて、お昼寝の時間が特別の時間に変わりました!お昼寝時間にできるお仕事ごっこは先生を独占できるし、みんなが寝てる間にみんなのための準備ができるという優越感もあったと思います。口コミで奈良なら大和高田の保育園がここでたまには数日後にするであろう工作の準備やお遊戯の衣装の準備があり、それこそ横で見てるだけでワクワクするものでした!調子に乗って口出ししたりもしてたかもしれませんが、怒られたりすることなく一員として扱ってくれるような本当に優しい先生でした。今でも忘れられない特別な時間です。

世界が開けたような卒園メッセージ

私が幼稚園の頃といえばもはや30年以上前の話になりますが、卒園時の嬉しいエピソードがありました。口コミで奈良なら大和高田の保育園の中で私はいわゆる大人しく目立たない子でした。泣いたり騒いだりすることもなく、何をするにしてもそこそこできて、先生にとっては手のかからない子だったと思います。1学年3クラス、1クラス30人程度と幼稚園にしてはかなりのマンモス園で、そんなバイリンガルスクールでは神戸のここがそのなかでの生活はへたをすると先生とは1言も言葉をかわさない日もあるくらいでした。幼稚園なのでなかには泣いたり暴れたり、喧嘩して怪我したりすることが日常茶飯事の中で先生は目の回る日々だったと思います。私も幼稚園児なので、先生と話ができると嬉しい!という感覚があったのですが、自己アピールできない子だったのであきらめの境地でもありました。あの話題では奈良の保育園が一番といえるそんなこんなで卒園を迎え、卒園式も慌ただしく過ぎて、最後に先生が1人1人にメッセージカードを渡してくれました。そのカードには「あまりおはなしできなくてごめんね。でもせんせいはこまっているおともだちをそっとたすけたり、おともだちのしっぱいをわらったりしない〇ちゃんをみていました。とてもすてきなことです。どうしても神戸ではインターナショナルスクールといえるやさしい〇ちゃんのままおおきくなってね。だいすきです」と書いてあり、ぱっと世界が開けたかのような嬉しくて温かい気持ちになりました。その後小学校に進んでもやはり私の性質は変わらず通知表には「積極性がない」などと書かれていましたが、そんなときには幼稚園の先生のカードを思い出し、見てくれている人は見てくれているし、私は私で良いんだと自己肯定できてきた気がします。

すべてを受け入れてくれた先生

幼稚園生の頃、大好きだった先生がいます。多くはエレメンタリースクールから神戸では担任をしていただいたこともなく、多く関わったわけでもないのに一番好きな先生でした。その先生は、常に園児と同じ目線に立ってくれて、たとえ先生の言うことを聞かなくても、すぐに否定せず、怒ることもせず、何事もまず受け止めてくれる優しくて心の大きな先生でした。あんな神戸でもインターナショナルスクールというと特段これといったエピソードがあるわけではありませんが、卒園式の日に抱っこしてもらって一緒に写真を撮ったことが一番の嬉しい思い出です。この奈良では保育園の評判がとっても人に甘えることが苦手なわたしが、この時だけは思い切り甘えられた気がします。その時の雰囲気は今でも何となく覚えていて、写真を見返すと先生のことが好きだったなあという温かい気持ちが蘇ります。幼稚園を卒園した後も先生とは手紙のやり取りをしていましたが、いつの間にか連絡することはなくなり、今はどんな生活をしているのか分かりません。この保育士で採用できる奈良の大和高田では卒園して20年以上経つので、お互いに思い出に残っている姿とは別人になっていると思いますが、わたしが先生のことを覚えているように、先生もわたしのことを覚えていてくれたらと願っています。またいつか再会して、幼稚園児の頃のようにたくさん甘えたいと思っています。