自分でも出来た保育園学習方法

2025年8月
  • 保育園の先生の配慮

    保育園

    保育園の先生との嬉しいエピソードがあります。

    こんな神戸でもインターナショナルスクールというとも私は2歳と0歳の子供がおり、0歳の次男だけが4月からの保育園に入園することができました。2歳の長女は待機児童となりました。片方だけが保育園に入園できても仕事に復帰できないので、神戸といえばホームページ制作の準備になって途方にくれていました。役所の保育課に相談に行ったのですが、職員の方は「2歳の子は次の保育園の空きが見つかるまで、自宅保育するしかありません。」の一点張りでした。
    奈良で評判の保育園はどこもかしこもとは言えずそして3月の下旬に、0歳の次男の保育園の入園説明会で、そのことを先生に相談しました。先生は2歳児の長女も、次男と同じ保育園で預かることができると言いました。4月から新しい2歳児クラスの先生をプラスで2名採用したらしく、預かれる児童の数が増えたそうです。芦屋で矯正歯科治療なら評判になるといってからそしてすぐに、先生が自ら、役所に電話、交渉してくださり、無事に4月から0歳と2歳の2人を、同じ保育園に預けることできました。

    保育園の先生が、私の家庭の事情を親身に聞いてくださり、すぐに役所に交渉してくださったことがとても嬉しかったです。私が、役所に入園の相談をしても、お役所仕事のように断られたのですが、その奈良の大和高田でも保育士を求めるからには保育園の先生が電話して下さったことによって、スムーズに長女を同じ園に入園させることができました。

  • 幼稚園の先生は初恋の人

    保育園

    誰しも初恋というものがあると思いますが、どうでしょう、しっかりと覚えていますか?私は、残念ながら、よく覚えていません。ですが、親から聞くところによると、どうやらそれは、保育園の先生になるようです。というのも、私は保育園に通っているころは、常々○○先生と結婚する!と豪語していたそうなのです。同年代の女の子に見向きもせずに、先生一本だったそうなんですよね(笑)。保育園での生活はそのほとんどを、先生のそばで過ごしていたそうで、ある意味ストーカー的な執着部位だったそうです(笑)。ちなみに、私はこれまで、何人かの女性とお付き合いをしてきましたが、いずれの恋愛も淡泊なもので、私よりも相手が夢中になっていることが多かったです。一人になりたいことも多かったですし、恋人とはいえ、ある程度の距離を置きたかったんですよね。そんな私が、保育園のころはまるでストーカーのように先生に付きまとっていたというのですから、いやはや。で、そんな話を聞くと、当然先生の顔が気になるわけで、アルバムを引っ張り出してきて、見るわけですが。なるほど、自分にとって理想的な容姿をしています。笑顔の素敵な、優しそうな感じの女性で、そりゃ好きになるわなと。この写真を見るたびに、あと20年生まれるのが早かったらなあ、なんて妄想している自分がいます。

  • この幼稚園の先生は凄い!人見知りだった娘が今ではすっかりガキ大将…

    保育園

    年少から通い始めた幼稚園。親としては不安しかありませんでした。なんでって、とにかく人見知りがひどかったんです。あの神戸でインターナショナルスクールとなると1歳を過ぎたあたりからでしょうか。パパ、ママ以外の人物は全く受け入れる事が出来ず、子育て支援センターの先生もダメ、公園で遊ぶお友達もそのお母さんもダメ、ことに男の方が相手だともう、微動だにせず固まって、せっかくにこにこ声をかけてくれた人たちに申し訳ないやらなんやら。。。ここでは神戸がインターナショナルスクールからはそんな娘が唯一心を許していた公園で知り合ったお友達が幼稚園に行く事を決めたという話を聞いて、自分も幼稚園に行きたいと言い出したものだからさぁ、どうしましょう…と。ですが、行きたいというものを無理やり止めるわけにも行かないし、とりあえず行かせるだけ行かせてみましょうと我が家も幼稚園に通わせる事にしたのです。入園式は親と一緒に行けるのでまぁ良い。問題は2日目以降ですよね。幼稚園バスが大好きなアンパンマンだからと、調子にのって娘はバスに乗るという事だったのでバスも申し込みしていたのですが・・・。さて、乗れるのでしょうか。と不安視していたのは親だけでした。姫路で胃カメラ検査ならおすすめのところで園バスが迎えに来たと思うと、親の不安をよそに先生が「おはようございます」と言い終わるか言い終わらないかのうちに、娘の手を引いてあれよあれよとバスに乗り、泣き出す暇もないまま座席にチョコンと腰掛けて、幼稚園へ行ってしまったのです。先生たちに迷惑かけていないかずっと心配しながら帰りのお迎え。先生に様子を伺いに行くと、なんと、他の子たちが泣いていて、娘が一生懸命なだめていたのだと。とても以外でしたが、たぶん園バスに乗る段階でいったん時間が止まってしまうと、うちの娘の事だからもう泣いて泣いて、一日泣いて終わっていた事でしょう。さすがというか、なんというか。ちなみに、その先生、初日はそうでしたが、慣れてからはちゃんと話もしますし笑顔の素敵な先生です。初日はやはり、間髪入れずの対応が意外にうまく行くというのを把握されていての対応だったのでしょうね。そんな先生をうちの娘は大好きなようで、本当に幼稚園には感謝しかありません。

  • 今のいきいきした性格の娘がいるのは、幼稚園の先生が育ててくださったからです

    保育園

    現在大学生の娘がお世話になった幼稚園の先生のことです。バイリンガルスクールがこの神戸の中にもちょっと当時一人っ子で人見知りが激しく、年少さんからの登園が、とても難しかったのですが、担任の先生はじめ園長先生のおかげで、年長さんになるころには積極性が出て、なんとリーダーシップをとれるまでに成長しました。毎朝、起床から登園までは地獄の時間と思うほど親子ともに過酷な毎日でした。採用できる保育士さんは奈良の大和高田では今日から2ヶ月もするとなにかのマジックにかかったかのように、自ら用意して親を玄関先で急かして待つほどになりました。幼稚園の開門と同時に、一番乗りするのが日課になったほどです。のちにこの奇跡のようなマジックのネタばらしを先生がしてくださったのですが、当時マイメロディちゃんがお気に入りだった娘のために、先生はご自分のエプロンやタオルなど身の回りのものをお揃いにしてくださり、想いの共有をしたとのことでした。評判では奈良が良いと保育園を見つけるにはここがこのキャラクターのことを娘からいろいろ教わるようにして話す機会も多く作ったそうです。たったそれだけのことなのですが、一人ひとりの子どもの気持ちに寄り添った保育を臨機応変に提供してくださり、隠れた伸びしろを存分に引き出してくださるのは、幼児期、家庭以外の場所でとても有意義なことと、どの神戸でもといえるのはインターナショナルスクールの中から先生方のプロフェッショナルな保育に感謝しています。