-
拝啓、画面の向こうで迷っているあなたへ。「完璧な先生」にならなくていい場所が、ここにあります。
拝啓
桜の蕾が少しずつ膨らみ始めるこの季節、いかがお過ごしでしょうか。 もしかするとあなたは今、たくさんの求人票とスマートフォンの画面を行ったり来たりしながら、少し疲れを感じている頃かもしれませんね。理想と現実の狭間で揺れ動き、「自分に務まるだろうか」「また同じように辛い思いをするんじゃないか」と、期待よりも不安の方が大きくなっているのかもしれません。 もし今、あなたが新しい一歩を踏み出そうとしていて、そして
、どうしても伝えておきたいことがあります。これは、求人票の「条件欄」には書ききれない、私たちからの約束の手紙だと思って読んでください。大和高田で保育士になるなら 私たちがあなたに求めているのは、ピアノを完璧に弾きこなす技術でも、行事の衣装をプロ並みに作る器用さでもありません。ましてや、自分の生活を犠牲にしてまで働く「滅私奉公」の精神など、微塵も求めていません。 私たちがあなたに一番求めていること。それは、「あなた自身が、心からの笑顔でいてくれること」です。
保育士という仕事は、本当に不思議な仕事です。 先生が「今日はしんどいな」と思って無理に笑っていると、子どもたちはすぐにそれを察知し、どこか落ち着かなくなります。逆に、先生が「楽しい!」と心から笑っていると、子どもたちの目はキラキラと輝き出し、クラス全体が温かな陽だまりのような空気に包まれます。 だからこそ、私たちの園では、先生が「ご機嫌」でいられる環境づくりを何よりも大切にしているのです。
「残業ゼロ」や「有給取得率」といった言葉は、単なる福利厚生のPRではありません。 それは、あなたが定時に帰り、美味しいご飯を食べ、好きな音楽を聴き、たっぷりと眠る時間を確保するための約束です。あなたが休日におしゃれなカフェでリフレッシュしたり、趣味に没頭したりして、エネルギー満タンで月曜日の朝を迎えてほしいからです。 充実した私生活を送る大人の姿こそが、子どもたちにとって一番の「未来への希望」になると、私たちは信じています。
失敗することを、どうか恐れないでください。 新人の頃、私もたくさんの失敗をしました。お漏らしの対応に追われて活動が遅れてしまったり、保護者の方への伝え方を間違えて落ち込んだり。 でも、ここの先輩たちは、決して私を責めませんでした。 「大丈夫、次はこうしてみようか」 「その失敗は、あなたが子どもと真剣に向き合った証拠だよ」 そう言って、一緒に悩み、背中を支えてくれました。 ここでは、誰か一人が重荷を背負うことはありません。チーム全員で子どもを見守り、チーム全員で先生を育てる。そんな「お互い様」の風土が、長い時間をかけて根付いています。
大和高田という街もまた、そんな温かさを後押ししてくれる場所です。 園の外へお散歩に出れば、地域の方々が「先生、いつもご苦労さま」「子どもたち、大きくなったね」と優しく声をかけてくれます。都会の喧騒とは違う、ゆったりとした時間が流れるこの街で、子どもたちと一緒に四季の移ろいを感じてください。 春には川沿いの桜を見上げ、夏には入道雲を追いかけ、秋には落ち葉の絨毯を踏みしめ、冬には白い息を吐いて笑い合う。 そんな何気ない日常の美しさを、子どもたちと共感できる感性さえあれば、あなたはもう立派な保育士です。
完璧な先生を目指す必要はありません。 泣いている子がいたら一緒に悲しみ、面白いことがあったらお腹を抱えて笑う。そんな人間味あふれる「あなたらしさ」を、私たちは待っています。
もし、この手紙を読んで、少しでも「ここなら私らしく働けるかもしれない」と感じていただけたなら、ぜひ一度、園に遊びに来てください。 面接という堅苦しい形ではなく、まずは私たちの「日常」を見に来てください。 子どもたちの笑い声と、先生たちの自然な笑顔。そして、出汁の香りが漂う給食室。 その空気を肌で感じた時、あなたの不安が少しでも和らぐことを願っています。
新しい春、あなたという素敵な仲間と出会えることを、職員一同、心から楽しみに待っています。 あなたの保育士人生が、ここからまた新しく、鮮やかに色づきますように。
敬具
ある春の日、未来の同僚より
-
子どもたちの時間は、いつも少しだけゆっくり流れている
子どもたちと向き合っていると、
日々の時間が、大人とはまったく違う速度で流れていることに気づかされます。
その感覚については、大和高田保育所の取り組みの中でも触れています。
ここでは、日々の保育の中で感じる“子どもの時間の流れ方”について、少し書いてみようと思います。
■ 大人が見ていないところで、子どもは育っている
保育室の片隅で、
一人で積み木を静かに並べている子がいました。ただ並べているだけに見えるその行動の中で、
色、形、高さ、揺れ…
多くの感覚が同時に働いていることがあります。「こんなことができるようになっていたんだね」と
後から気づくこともしばしばです。子どもの成長は、
決してドラマチックな音を立てて訪れるわけではありません。ほとんどの場合、
気づくとそこにある。
それはあたかも、
朝顔の蕾が気づかぬうちにふくらみ、
ある日そっと開くようなものです。
■ 同じ場所にいても、見えている世界がまったく違う
保育士が「こうしてみたら?」と声をかける前に、
子どもたちはいつも、まず自分で考えようとします。おもちゃの取り合いが起きたとき。
友達にうまく気持ちを伝えられなかったとき。
食べ物を前にして、手が止まってしまったとき。大人にとっては簡単なことでも、
子どもにとっては自分の心を整理する大切な時間です。その小さな揺れや迷いを経て、
やがて「こうしてみよう」という選択につながっていきます。そこで大人が急いで道を示してしまうと、
子どもが手にしかけていた“気づきの種”を摘んでしまうこともあります。
■ 泣くことも、戸惑うことも、すべて前に進むための準備
泣き声が大きい子ほど、
実は成長のステップがもうすぐそこにある。
そんなことが、よくあります。感情を外に出せるということは、
心が動いている証拠です。動いた心が、また別の方向へ進もうとするとき、
子どもは少しだけ疲れてしまう。
その疲れが涙としてあふれるだけのことなのです。だからこそ、
涙の理由を急いで決めつけず、
「がんばってるね」と受けとめる時間が大切になります。
■ 保育とは“整えること”ではなく“寄り添うこと”
大人はつい、「どうすればそんなにうまくいくの?」と
答えが知りたくなってしまうものです。けれど保育の本質は、
正解を教えることではありません。・待つこと
・受け止めること
・その子の歩幅を尊重することその積み重ねが、
子どもたちの心の奥に、小さな根を伸ばします。大きな声でほめなくても、
すぐに成果が見えなくても、
確かに育ち続けているものがあります。
■ 子どもの時間に寄り添える大人でありたい
ゆっくり成長する日も、
急に背伸びしたような顔を見せる日もあります。でもどんな日も、
子どもたちはその日その日のペースで、
自分の世界を広げています。大人ができることは、
その世界の広がりをそっと照らしてあげること。
それだけで、子どもは安心して前に進んでいきます。