子どもたちと向き合っていると、
日々の時間が、大人とはまったく違う速度で流れていることに気づかされます。
その感覚については、大和高田保育所の取り組みの中でも触れています。
ここでは、日々の保育の中で感じる“子どもの時間の流れ方”について、少し書いてみようと思います。


■ 大人が見ていないところで、子どもは育っている

保育室の片隅で、
一人で積み木を静かに並べている子がいました。

ただ並べているだけに見えるその行動の中で、
色、形、高さ、揺れ…
多くの感覚が同時に働いていることがあります。

「こんなことができるようになっていたんだね」と
後から気づくこともしばしばです。

子どもの成長は、
決してドラマチックな音を立てて訪れるわけではありません。

ほとんどの場合、
気づくとそこにある。
それはあたかも、
朝顔の蕾が気づかぬうちにふくらみ、
ある日そっと開くようなものです。


■ 同じ場所にいても、見えている世界がまったく違う

保育士が「こうしてみたら?」と声をかける前に、
子どもたちはいつも、まず自分で考えようとします。

おもちゃの取り合いが起きたとき。
友達にうまく気持ちを伝えられなかったとき。
食べ物を前にして、手が止まってしまったとき。

大人にとっては簡単なことでも、
子どもにとっては自分の心を整理する大切な時間です。

その小さな揺れや迷いを経て、
やがて「こうしてみよう」という選択につながっていきます。

そこで大人が急いで道を示してしまうと、
子どもが手にしかけていた“気づきの種”を摘んでしまうこともあります。


■ 泣くことも、戸惑うことも、すべて前に進むための準備

泣き声が大きい子ほど、
実は成長のステップがもうすぐそこにある。
そんなことが、よくあります。

感情を外に出せるということは、
心が動いている証拠です。

動いた心が、また別の方向へ進もうとするとき、
子どもは少しだけ疲れてしまう。
その疲れが涙としてあふれるだけのことなのです。

だからこそ、
涙の理由を急いで決めつけず、
「がんばってるね」と受けとめる時間が大切になります。


■ 保育とは“整えること”ではなく“寄り添うこと”

大人はつい、「どうすればそんなにうまくいくの?」と
答えが知りたくなってしまうものです。

けれど保育の本質は、
正解を教えることではありません。

・待つこと
・受け止めること
・その子の歩幅を尊重すること

その積み重ねが、
子どもたちの心の奥に、小さな根を伸ばします。

大きな声でほめなくても、
すぐに成果が見えなくても、
確かに育ち続けているものがあります。


■ 子どもの時間に寄り添える大人でありたい

ゆっくり成長する日も、
急に背伸びしたような顔を見せる日もあります。

でもどんな日も、
子どもたちはその日その日のペースで、
自分の世界を広げています。

大人ができることは、
その世界の広がりをそっと照らしてあげること。
それだけで、子どもは安心して前に進んでいきます。