自分でも出来た保育園学習方法

保育園
  • 幼稚園の先生に救われました。

    保育園

    私の親は今でいう「毒親」でした。褒めることはもちろん、気持ちに寄り添ったりしてくれたことは一度もありませんでした。年長で幼稚園に通い始めた時、口コミで奈良なら大和高田の保育園が担任になった先生がすごく優しくて色んなことを褒めてくれる先生でした。最初、子供ながらに「どうして私が笑うと先生も笑うんだろう」と疑問に思っていました。家では私が嬉しそうにしたら母はなぜか機嫌が悪くなるからです。容姿に関してもよく罵声を浴びせられていました。話題の保育園を奈良で見つけようと担任の先生は母とは真逆のことばかりするので、私は混乱してしまったのです。そのことを何の気なしに先生に話すと、先生は一瞬驚いたような顔をしましたが、直ぐに笑顔になりました。そして私と目線を合わせて「あなたが笑ったら先生は幸せな気持ちになるんだよ。あなたの笑顔はみんなを元気にする力があるんだよ。」と頭を撫でながら言ってくれました。嬉しくてたまらなくて、私はその言葉を宝物にしました。それ以来、母からキツくあたられても、その言葉を思い出していました。私の心の拠り所だったのです。先生とは社会人になるまで年賀状などのやり取りをしていました。先生は私の気持ちを知ってか知らずか、いつも手紙の最後には「今もチャーミングな笑顔で笑っていますか」と添えてくれました。その先生の存在があったから今の私があります。本当に素晴らしい先生でした。

  • とても大好きなニコラス先生

    保育園

    息子の通う保育園では、年中組から英会話の保育が月に2度行われています。口コミから奈良で保育園が海外の英語圏から来日した先生がレクリエーションをしながら、ネイティブの発音を教えるというもので、本格的な英語を楽しく学べるので、保護者からも園児たちにも人気の保育です。昨年の英会話の担当はオーストラリア人のニコラス先生でした。身体が大きくて陽気な先生で、口コミすると奈良の大和高田で保育園は園児たちもみんなニコラス先生が大好きでした。息子は特にニコラス先生が大好きで、英会話を心待ちにし、保育中はずっとニコラス先生のそばから離れようとしなかったそうです。しかし、悲劇は突然訪れました。昨年の10月、ニコラス先生のお父さんが体調を崩してしまい、ニコラス先生は急遽、帰国しないといけなくなりました。病気は思いの外重く、ニコラス先生は英会話の講師を辞めて、看病に専念しないといけなくなりました。それを聞いた息子は泣き崩れました。どんなに慰めても涙が止まりませんでした。悲しみに暮れる息子の元に一通の手紙が届きました。オーストラリアのニコラス先生からでした。先生は息子たちが読めるように平仮名だけで書かれた手紙を園児たち全員に出してくれたのです。嬉しかった息子は何度も何度も手紙を読み直しました。そして息子にとってその手紙は宝物となりました。今、息子の一番行きたいところはもちろん、オーストラリアです。いつかニコラス先生と再会できることを夢見て、月2回の英会話を頑張っています。

  • アレルギー児・涙と笑顔の入園見学

    保育園

    アレルギー体質の娘。卵と乳製品の数値が高く、除去をして対応していました。採用保育士が奈良では大和高田の幼稚園入園の時期になっても状況は変わらず。それでも、よくあるアレルギーという感覚しかなく、問題視していませんでした。それが大きな間違いであったことに気付いたのは願書受付の時。卵のみなら除去可能だが、乳製品の除去はできないため、お弁当での対応になる、と言われてしまいました。奈良で口コミをする保育園は自分の考えの甘さを痛感し、母に相談。入園時期をあと1年遅らせ、その間に食べられる物を増やしていくことを考えてもいいのでは?と。ほとんどの幼稚園が休職センターを利用していたこともあり、他の幼稚園も似たり寄ったりの対応でした。しかし、ダメ元で相談に行った幼稚園の園長先生は、アレルギーなんて何のその。うちにはマルチなアレルギーの子も給食で対応しています、と。園長先生とマンツーマンの状態で園内を案内され、子供は飛び入り参加で歌を歌ったりお遊戯をしたり。その様子を見て、『2年保育にするなんて勿体ない。こんなに順応できる性格のお子さんなら、きっと楽しい幼稚園生活を送ることがでれますよ。』と言っていただき、園長先生の人柄と、ホッとしたのとで、子供は笑顔、私は涙、の幼稚園見学となりました。小規模の幼稚園だったので、入園後もすべての子供たちを先生が把握してくれており、アレルギー以外のことも安心してお任せすることができました。卒園後も、小学校の運動会を見に来てくれたりと、温かい関係は続いています。この園風に惹かれて集まったママ友も一生の友達になると思っています。

  • 心が温まる幼稚園の先生のお話

    保育園

    娘の幼稚園は20代の若い先生が多く、奈良で大和高田の保育士を求めて明るい素敵な幼稚園でした。共働きだったため、娘をホームクラスという、幼稚園が終わった後も延長で預けるクラスに娘を預けることになり、最初はなかなか慣れず、娘も幼稚園に行きたくないと言うようになり、私達も困っていました。そんな時、ホームクラス担当の先生が娘をいつも気にかけてくれて、一緒に行動してくれたりみんなの輪に入れるように誘導しくれたようでした。そのホームページ制作 でも格安になってはお迎えの時にいつも立ち話で、ホームクラスでどうだったか事細かに教えてくれる先生でした。1年が経ち娘もホームクラスにようやく慣れてきた頃、折り紙や広告でお弁当を作ったり、鶴を折ってきたり、色んなものを家に持ち帰るようになったのです。娘はいつも嬉しそうにホームクラスの先生が作り方を教えてくれたよと教えてくれました。いつになっても娘のことを気にかけてくれて見守ってくれているのがわかり私達夫婦は感謝の気持ちでいっぱいでした。このままずっと何事もなく幼稚園に行って欲しいなと思いながら、3年の月日が経ち、最後のホームルームの日がやってきました。胃カメラ検査で痛みが少ないクリニックはもうちょっと最後のお迎えに行った時、先生と泣きながら娘がなかなか慣れず本当に大変だったことを思い出しながら、感謝の気持ちを伝え帰って来ました。家に帰ると娘から赤い折り紙で折ったお花をもらいました。これ、ホームルームの先生からママにだよと渡されたのです。お花には「開いて」と書いてあり、丁寧に開いてみると、中には「今まで本当にお疲れさまでした。本当に立派に大きくなり私も親戚のような気持ちで嬉しいです。ありがとうございました。」と書かれており、どんなに口コミすると奈良の保育園でもといえるはそんな温まるお手紙が本当に嬉しかったです。